|
中尾 「研究室ホームページを拝見すると、いくつもの多様な研究テーマが掲載されていますが、その中から代表的なものをピックアップして具体的にご説明下さい。」
植田 「ここ数年力を入れている研究として、需要側イノベーション(Demand-side Innovation)の分析があります。既存のイノベーション研究では供給側に焦点があたりがちでした。しかし実際には、製品・技術の新しい使い方が消費者により発見され普及伝播する過程で、消費者自身によってその商品や技術の意味や価値が再解釈・再定義されて、結果的には予想を超えた大ヒットに至る場合が、携帯電話をはじめ多くの情報機器で見られることを我々は発見し、この現象を可能にする個人の認知メカニズムや社会のネットワーク構造を分析しています。また、速読や珠算などのスキル熟達者の脳内機序の解明も行っています。一般に人は約400 ~ 500文字/分程度の速さで文章を読んでいることが知られていますが、視覚訓練などの結果、理解を損なわずに10,000文字/分以上の速さで文章を読むことが可能な速読者が存在します。我々は、このような速読者の認知メカニズムを、アイカメラを用いた視線計測や近赤外光脳機能計測装置を用いた速読時の脳活動の解析(図1)を通して行っています。この研究は、NHK総合テレビの「ためしてガッテン」でも紹介されました。今後特に力を入れて研究したいと思っているのが、日本の伝統芸能における身体性と表現の科学的な分析です。例えば文楽では、言語情報を用いずに3人の人形遣いがイキを合わせて、人工物でしかない文楽人形をあたかも人が動作しているかのように操作しています。我々はセンサ内蔵文楽人形(図2)を作成し、その動作解析ならびにそれを演じる人形遣いの動作・生理計測を通じて、人形の動きのいかなる要素によって我々は人間らしさを感じているのか、人形を複数の人間が言語情報なしで巧みに操るための協調メカニズムとは何か、を科学的に分析しています。いまお話ししたもの以外については、研究室ホームページの研究紹介をご覧下さい。」

図1 近赤外光脳機能計測装置を用いた速読者の脳活動の計測風景

図2 センサ内蔵文楽人形を用いた計測の風景
中尾 「認知科学の研究室は東京大学の他の部局にも他の大学にもあると思いますが、植田研究室の特徴とは具体的にどのようなところにあるのでしょうか?」
植田 「認知心理学を含めた心理学研究では、往々にして、実世界から切り離された実験室環境できれいに統制された実験を行い、そこから人間の認知行動についてのヒントを得ようとします。このような手法は限定された対象には有効ですが、現実世界での現象の理解には必ずしも適していないことがあります。例えば、人の購買行動を認知科学あるいは認知神経科学の観点から理解しようとする意思決定やニューロマーケティングの研究では、人の購買行動に影響を与える様々な要因を排除した上で、ターゲットとする要因(例えば、好き嫌いという情動要因)のみを条件間で変化させて、その要因が人の購買行動に与える影響を分析しますが、現実世界での購買行動には、実験で統制し排除してしまった要因も影響を与えているのが普通です。植田研究室では、実験の行い易さや統制の完全さよりも、現実世界での人の認知行動を捉えるべく実験設計を行っています。つまり実世界志向ということであり、このことが国内外の多くの認知科学の研究室と比べて大きな特徴になっていると考えています。おそらく、たとえ専門領域は違えども、総合分析情報学コースの多くの研究室とこの実世界志向という点は共有していると思っています。」
中尾 「人の認知行動を研究するにあたって実世界を志向されることは、大変興味深い半面、実現が難しいのではないかとも思いますが、そのあたりはいかがでしょうか?」
植田 「おっしゃる通りです。難しいからこそ、多くの研究室が手をつけていないのだと思います。しかし認知科学、認知神経科学の分野でも実世界志向の研究を実現するための突破口はあります。まず、当たり前と言えば当たり前ですが、現実世界の現象をよく観察し、ナイーブなレベルで良いので分析を行うということです。心理学の一般的な方法論は、理論ベースに実験を進めるというものですが、植田研究室では、現実世界の現象をベースに実験設計を行うことを重視しています。次に、現実世界の現象の本質が垣間見えてきたら、それを科学的に解明するための実験設計を行います。その際に、たとえ専門外のものであっても、利用できる方法は何でも利用します。一般的な心理実験手法はもちろんのこと、様々なセンサを用いた人や人工物の行動データ取得、コンピュータやロボットを使ったシミュレーション、質問紙調査、インタビュー、さらには生理計測および脳計測まで行っています。つまり、学際的な態度と方法で研究することが重要です。もともと脳科学が専門でない者が脳計測を実施するにはそれなりの努力が必要ですが、分析のために手間を惜しんではいけないと思っています。実世界志向を実現するために、産学連携を積極的に推進し、現実世界の興味深い現象を現場の方と共同して発見するとともに、その研究成果を社会に還元することも行っています。」
中尾 「いま実験手法の話が出てきましたが、具体的にはどのような実験装置があるのでしょうか?」
植田 「一通りのものはあります。例えば、視線の動きを捉えるアイカメラ(移動可能なものと固定式のもの)、呼吸や心拍電位などの計測を行う生体計測アンプ、簡易式防磁ルームと脳波計、簡易的な脳イメージング計測装置である近赤外光脳機能計測装置、小型ロボット、3次元位置計測のための磁気センサ装置などです。」
中尾 「認知科学、認知神経科学という専門分野だけお聞きすると文化・人間情報学コースの研究室のようにも思えるのですが、どのような点で総合分析情報学コースと関係するのでしょうか?」
植田 「先ほど申し上げました通り、人間の認知行動を分析するために、様々なセンサやその関連技術を用いて人や人工物の行動データを取得したり、呼吸、心拍電位、脳波などの様々な生体信号を取得したりしています。そして、これら大量の実空間デジタル情報を、信号処理などの技術を用いて解析した上で、人間の認知行動の理解に役立てるとともに、実社会において有効に活用する方法を考えるのが、植田研究室で行われていることです。これらはまさに総合分析情報学コースの研究・教育の趣旨に合ったものだと考えています。したがって、文科系の学問、特に認知科学や心理学を専門に勉強してきた人はもちろんのこと、理科系のスキルをしっかり身に付けた上で人間の認知行動を解明したいと考えている人も、是非とも植田研究室を希望していただきたいと思っています。」
中尾 「研究室に配属される学生にはどのようなことを求められているのでしょうか?」
植田 「基本的に、
- 実世界志向の認知研究を希望していること
- 学際的な研究手法を用いることに躊躇しないこと、つまり自分がこれまで経験したことのない分野の手法でも身につける気概にあふれ、実際にそのための努力を惜しまないこと
- 人の意見に耳を傾けること
- 大学にきちんと来ること(来ないとディスカッションもできません)
の4つを求めています。上記の2を実行するには、(分野は何であれ)大学学部時代の専攻分野の基礎をきちんと学んで体得していることが大事です。それに不安がある人は、今からでもしっかりと勉強し直して欲しいと思います。研究テーマに関して言えば、既に研究室として研究を行っているもの以外にも、(指導教員と相談の上で)自分で新しいテーマを設定してもらって構いません。」
中尾 「最後に、研究室の卒業生の進路についてお伺いします。」
植田 「流動元の大学院総合文化研究科の卒業生も含めてお話すると、博士修了生の多くは大学の助教あるいは研究員となっています。修士修了生の4分の1くらいが博士課程に進学し、それ以外の人は、官公庁、シンクタンク、情報通信系企業、広告代理店、金融機関などに就職しています。社会人学生の多くは、入学以前から所属している企業にそのまま残るケースが多いです。詳しい情報は、研究室ホームページの進路一覧をご覧下さい。」
中尾 「どうも有難うございました。」
|