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中尾 「随分広がりのある分野なのですね。」
山田 「はい。私は都市工学科で都市問題を解決するツールとしての地理情報システム(Geographic Information Systems; GIS)に出会ったのをきっかけに空間情報科学の分野に進みましたが、地理学は勿論、Computer Scienceや統計学、経済学など、本当に色々なバックグラウンドを持つ研究者が空間情報科学では活躍しています。学際的な共同研究が多いのも、この分野の特徴かも知れません。」
中尾 「では、もう少し具体的に、山田先生の研究内容を教えて下さい。」
山田 「私の研究には二つの柱があって、一つは居住環境が人間の健康に及ぼす影響についての応用研究、もう一つは空間データ解析手法についての理論研究です。前者については、今は特に、肥満の問題を扱っています。」
中尾 「肥満と環境ですか……?」
山田 「肥満といえば、摂取エネルギー(食事)と消費エネルギー(運動)のアンバランスが基本的な原因ですから、個人のライフスタイルの問題であって、環境は関係ないと思われがちですが、アメリカやイギリスなどの欧米諸国では、そうも言っていられない状況なのです。例えばアメリカでは、成人人口の6割以上が肥満の状態にあると言われています。そうなると、個人のライフスタイルの改善を促進するための「食生活指針」や「運動指針」と言った政策では効果が薄く、もっと積極的に肥満を解消・予防する社会構造を目指すアプローチが必要になってくるのです。」
山田 「その一つとして注目されているのが、都市の「ウォーカビリティ(walkability = walk + ability)」、歩きやすさという概念です。極一部の大都市を除くアメリカの大部分の都市では、自動車移動を前提とした都市構造が形成されているため、横断歩道や歩道がほとんど無かったり、街区自体が大きく、歩いて行かれる距離にはコンビニすらなかったりと、自動車に頼らない生活は非常に難しいものです。そのために、以前は自然に日常生活の中に含まれていた「歩く」という身体活動が極端に減少したことが、肥満や生活習慣病の増加の一因と言えます。そこで、都市の構造をもっとコンパクトに、歩行者に優しいものに変える、つまり都市をウォーカブルにすることで、住民が日常生活に歩くことを取り入れやすくし、結果的に運動量を増やして肥満の解消に繋げようというのが、居住環境から健康を目指すアプローチです。」
中尾 「なるほど。では、空間情報科学はそこにどう関わってくるのですか?」
山田 「下の地図は、Utah州Salt Lake Countyにおける肥満レベル(Body Mass Index; BMI)の空間分布を表したものです。男女とも、とてもはっきりした空間パターン(図内の矢印)が見えています。収入や教育レベルなど、健康に影響を及ぼすと言われる社会経済的要素を考慮しても、このパターンは残るので、場所・環境に関する要因が肥満に影響していると推測できます。空間情報科学の手法を使うと、様々な種類の空間データを場所をキーとしてリンクし、住民の居住地周辺の環境についてミクロな住環境指標を構築することができます。例えば、左下の図は、ある人の家から歩いて1kmの範囲(赤い線で囲まれた部分)を求めて、その内部の土地利用多様性を算出する過程です。私達の研究では他にも、最も近いバス停・駅への距離、緑地の量、道路密度、犯罪率など、歩行を促進・阻害する可能性のある多数の環境要素を指標化しています。更に、空間情報科学では空間行動のモデル化も扱いますから、都市環境と歩行の関係をより詳細に解析することができます。」

山田 「日本では肥満はまだそれほど深刻な問題ではありませんが、来たるべき超高齢社会を踏まえ、日常生活の中から自然に健康を作り出せる環境は非常に重要です。私は今、日本の都市を対象に、住民にGPSと身体活動量計を持って生活してもらう調査を計画中で、どんな都市環境が歩行を促進するのか、よりlocalなシチュエーションに拘った解析をしたいと思っています。ミクロな空間データの解析手法も、色々と工夫をしていきます。」
中尾 「そこで、先ほどのもう一つの研究の柱の方に繋がってくるのですね。」
山田 「はい、そうです。一般的な統計解析の手法では、空間的な位置が明示的に組み込まれることは稀です。大雑把に言ってしまえば、AさんとBさんが隣に住んでいようと、10km離れたところに住んでいようと、通常の解析の中では関係ないのです。ですが、近くにいる人々は互いに影響し合っている可能性がありますし、同じような住環境から影響を受けているわけですから、空間的な健康リスク要因を正しく理解するためには、位置関係をきちんと解析に取り入れていくことが重要になります。私のもう一つの研究テーマである、空間統計学、計量空間解析の分野では、空間現象を適切に解析・把握するための様々な手法が研究されています。」
山田 「ユビキタス・コンピューティングを始めとするデータ取得技術の革新的な発展により、
詳細な空間データがほぼリアルタイムで入手可能になってくると、空間だけでなく時間も一緒に解析したいと言う要望が出てきます。時空間モニタリングと呼ばれる手法は、集まってくるデータを逐次解析して、空間パターンの変化をいち早く把握することを目的としていて、バイオテロリズムや急激な環境変化による健康被害への対策としても注目を集めています。私もNew York州立大学Buffalo校のRogerson教授と共同で、疾病分布の時空間的変化を統計手法と可視化により解析するGeoSurveillanceというソフトウェア(下図)を開発しました。」

疾病分布の時空間的変化を解析するソフトウェアGeoSurveillance
中尾 「研究室を志望する学生には、どのようなことを期待していますか?」
山田 「折角大学院で勉強するのですから、自分が本当に興味の持てるテーマを追究して欲しいと思っています。ですから、まずは色々なことに興味を持つこと、そしてその興味にどんなアプローチをしたら研究として成り立つのか、社会に貢献できるアウトプットが出せるのか、柔軟な発想で考えていくこと、この二つが大切だと思います。私もここでは健康問題について主にお話ししましたが、以前は買い物好きが高じて(笑)、商業施設の選択行動の空間的モデル化に関する研究をしていたこともあります。」
山田 「私達が生活する空間で起こっている事象は全て、空間情報科学のテーマになり得ますし、アプローチの仕方も、空間事象のプロセスを計量的に解明する、空間事象の解析・モデル化の方法を開発する、空間データの収集や可視化のシステムを構築するなど、多岐に渡ります。初めに申し上げたように、空間情報科学は学際研究に適した分野ですから、これまでのご自分の専門分野を活かしながら、更に空間という次元に視野を広げたいという意欲のある方をお待ちしています。」
中尾 「ありがとうございました。」
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